Interview 

"ポスト・ミャンマー"時代の海外進出戦略を探る①

中国、インド…海外ビジネスの本当のリスクとは? ~APEC/ABAC元日本代表 相原元八郎氏に聞く

ライター
荒木勇輝
カメラマン
安藤史紘
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「東京では世界の情報を集められない」

本当のリスクとは、具体的にはどういったリスクですか。

「少し昔の話になりますが、70年代に三井グループが旗振り役になり、複数社の日系企業が組んでイランに大規模な石油化学コンビナートを作ろうしていたことがあります。着工から完成まで5年くらいかかるのですが、8割以上ができた79年にイラン革命が起こり、翌年の80年にはイラン・イラク戦争が始まりました。建設中のコンビナートもイラク軍の標的になり、日系企業は手を引かざるを得なくなりました。当時のお金で4000億円超ですから、日本企業の海外開発案件の中で過去最大の失敗事例かもしれません」

「私自身、それまで企業の営業担当者の立場で現地にいたつもりが、突如として避難民に変わりました。現地にいた数千人の技術者や駐在員が、航空機や船のピストン輸送による脱出を余儀なくされたのです。後で振り返ってみれば、私にとっての営業先だった欧州企業の担当者たちは『本当にイランにコンビナートが作れるのか』『革命が起きたら戦争になるぞ』と懐疑的な見方をしており、政治・外交上のリスクをかなり前から認識していたように思います。この件から私は、日本企業はその国のことを知らなすぎる、東京では世界の情報を集められないという教訓を得ました」

では、日本企業が情報を集めるためにはどうすれば良いのでしょうか。

「企業が海外に進出する際はまず営業部門や生産部門を作るのが一般的ですが、メーカーであっても商社であっても、営業担当者は自分の国を甘く見てしまうので、カントリーリスクを認識できないことがよくあります。私がアジアにいた時期の三井物産の場合は、国や地域をまたいで統合本部を設立し、リサーチ、法務、財務の担当者を置くことで、現地の情報をとれるようにしました。また、適任者がいれば人事部門の責任者を現地人にするのも有効です。現地事情を把握しているかどうかが自分の人事評価につながるという意識が高まり、日本人スタッフが現地のことを勉強するようになるためです」

大企業のように人員体制に余裕のない中小企業が効果的に情報を収集できる方法はありますか。

「1つは、現地の弁護士や会計士といった専門家とのつながりを作ることです。最初はつてがなくても、日本の商社などを通じて紹介してもらうこともできます。日本の会計事務所も、特定の国・地域への進出支援で実績がある場合がありますから、そういったところに相談するのも良いでしょう。もう1つ、現地企業や、現地事情をよく知っている近隣国の企業と組み、合弁で進出するという方法もあります。例えば、台湾企業と組んで中国に進出したり、タイ企業やシンガポール企業と組んでミャンマーに進出したり、といった形です。特にシンガポールはビジネスに強い多民族国家ですから、シンガポール企業はASEAN諸国についての情報をかなり持っていると感じます」

「中国人と交渉する時はアメリカ人と思え」

日本企業が最も多く進出している中国では、何が本当のリスクなのでしょうか。

「中国はやはり政治面のリスクです。個人のつながりが重要で、共産党の中心にいる誰と誰がつながっているかが分かれば企業も経営判断がしやすいのですが、日本からは情報がないのでブラックボックスになっていてよく見えない。トップが交代すれば、それまでの幹部が一挙に失脚することがあるのもご存知の通りです。また、民主主義国家ではないですから、あれだけ広い国でありながら共産党のワンボイスが行き渡る面があり、例えば、外交問題のもつれなどから国家主席の習近平氏が『日本をこらしめてやろう』と思えば、いかようにもなってしまいます」

中央政府だけでなく、地方政府からも様々な圧力がかけられることがあると聞きます。

「例えば中国事業で100億円の利益が出て、日本に送金したいと考えたとします。これは海外でビジネスをしている企業では一般的なことです。ところが、中国では地方政府の役人から『利益が出たなら再投資に回しなさい』と言われることが少なくありません。日本企業からすれば、進出する時は聞かされていないわけですが、断れば労働運動を焚き付けられ、賃上げ要求が起こるようなケースもあります」

もし撤退するなら、工場も設備もすべて置いていきなさいという感じですね。

「中国人から見ればだましているつもりはなく、本当に大事なことを最後まで言わないだけなのだと思います。日本企業同士のビジネスのように、こちらが信頼すれば相手が応えてくれるだろうという姿勢で中国企業とビジネスのやり取りをすると、必ず痛い目に遭います。あらゆる手段を使って交渉を有利にするという中国人の姿勢は米国のビジネスパーソンと同じなので、商社時代の私は部下に『中国人と交渉する時はアメリカ人と思え』と言っていました。交渉の際は、相手と怒鳴りあっても構わないので、納得が行くまで議論をして契約書をガチガチに作るべきです」

インドではどういったことが大きなリスクとして挙げられますか。

「インドのリスクについては私も全容が分かっているわけではないですが、その1つにはカースト制度に関する問題があります。現在は大きく分けて4つのカーストがありますが、人材募集をすると当然ながら色々なカーストの人が集まってきます。どのカーストにも優秀な人はいるのですが、配属する時に、同じ部署には同じカーストの人だけにしないと、人間関係がうまく行かないことが多いのです。これは日本人の感覚ではよく分からない現象ですし、良いことだとも思いませんが、インドのビジネスの現実です。あとは、中国と違って民主主義だからこそのリスクもあります」

インドは世界最大の民主主義国家とも言われますが、具体的にはどういうことでしょうか。

「一人ひとりの権利がとにかく強いのです。インドは国土の半分以上が農地なので、工場などを建てようとすれば、かつて農地だったところを購入することがよくあります。そうした時は土地を区分所有する農民と交渉をするのですが、大きな土地だと5000人の農民が所有している例もありました。この農民一人ひとりが交渉権を持っており、提示された金額が気に入らなければ買収を断ることができるのです。交渉では州政府などが間に入ってくれますが、行政のトップも選挙がありますから、強い姿勢は期待できません。結果として、売り値交渉で農民側に値段を吊り上げられてしまい、買収額が当初の見込みを大きく上回るようなケースが少なくありません」

「あとは、インドの法律自体がビジネスのためのものではないと感じます。米国の法律はビジネスがやりやすいように作られていますが、インドはかつて英国の植民地だったこともあり、英国の法律がベースになっているためです。ビジネスのためというよりは、統治のための法律です。インドの弁護士はそのことをよく知っていますから、やはり現地の弁護士とのつながりを作ることは重要です。法律があまりビジネス向けでないということは、アフリカの国々にも言えることかもしれません」

相原元八郎

PROFILE

相原元八郎(あいはら・げんぱちろう)

1943 年生まれ。67 年慶大法卒、三井物産入社。主に石油化学品分野に従事し、独デュッセルドルフ本店、米国三井物産副社長兼ヒューストン支店長を経て、2000 年に取締役に就任。02
年常務・中国総代表 在北京、06 年代表取締役副社長・アジア本部長 在シンガポール。08 年から 12 年まで APEC/ABAC 日本代表。現在は現役時代の経験を生かした講演などを通して、
海外進出を検討する日本企業の支援などを行っている。

荒木勇輝

PROFILE

荒木勇輝(あらき ゆうき)

=インタビュー、記事を担当。1984年京都府生まれ。2008年から13年まで日本経済新聞社に所属。東京本社、京都支社の記者として企業や大学、行政の取材を担当。現在は教育系インタビューサイト「eduview」(http://eduview.jp)を運営しながら、NPO法人の代表理事として現代の寺子屋「Tera school」の運営に関わっている。