Column

OPINION

なぜ、日本のファイナンス、マーケティング、マネジメントは20年間進歩していないのか

ライター
GBIJ編集部
カメラマン
安藤 史紘
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いつまでも理解されないコミットメント経営

日本のマネジメントの問題を象徴するもう一つの出来事は、昨年の東芝の不正会計問題だ。第三者委員会の報告書に以下の記述があった。

“期初に高い予算を設定したため、それを達成できないカンパニーが存在し、予算を達成するために当該カンパニーは P から厳しい「チャレンジ」(過大な目標設定)数値を求められていた。そのため、各カンパニーの CPらは、これらの目標を必達しなければならないというプレッシャーを強く受けていた”

本件はかいつまんで総括すれば、「期初に高い予算を設定したため」「目標を必達しなければならないというプレッシャー」から不正を行ったとされている。

この言葉一つとっても、日本企業が形ばかりのマネジメントを取り込んでいることが推察される。具体的にはコミットメント経営、および、KPIマネジメントを理解できていないのである。

まず、言葉の問題。「予算」という言葉の定義を理解していない。

コミットメント経営を本当に理解している会社では「予算が厳しい」という日本語は出てこない。トップが経営状況を分析し、ボトムから情報を集めてお互いコミットした数字が「予算」であり、「予算」とは達成が可能な数字のことを呼ぶ。「予算が厳しい」という言葉が出てくること自体、自社の経営状況を分析する仕組みを持っていないことの表明である。

また「目標」とは十分に達成可能な「予算」から、どこまでストレッチした数字を達成できるか、を定めたものであり、また達成に際しては通常、ボーナスのアップなどインセンティブが用意されている。グローバルでは「ストレッチターゲット」と呼ばれている。東芝では「必達のチャレンジ」という、グローバルマネジメントを解する者が聞けば、理解不能な言葉が出てくるあたり、正しいコミットメント経営を理解できていないことが伺える。

つまり、事業計画を作るところからつまづいている。予算を試算するための変数=KPIが合理的に設計されていないか、または合理的でない何か、多くは日本的な人間関係によって狂わされているということになる。

多くの場合、コミットメント経営、KPIマネジメントは誤解をされて日本国内に伝わっている。日本企業の属人的評価を基にした出世競争と、コミットメント経営は非常に相性が悪いようだ。

目標管理制度(MBO, Management By Objective)は、全社KPI, 部門KPI, さらに個人へと落とし込みをした上で、期初に上司と部下が面談して、目標を設定する。これが、なんとなく運用されている。上司は、採用の権限、昇給原資の予算も持たないため、部下の昇給や給与を決定することが出来ず、またその経験も持たないため、評価そのものを合理的に行うことができない。部下は上司、部門、会社の空気を読みながら、目標設定を行うため、結果として、会社全体で現実的な「予算」の設定が出来ない。このような状況ではないだろうか。

KPIマネジメントをうわべだけ理解し、予算=ノルマといった認識で、従業員を追い立てるためにあるちょうど良い鞭くらいにしか考えていないのだろうか、と考えさせられることが多い。

日本でコミットメント経営を見事にやっている会社は言わずもがな、日産だ。私が財務経営企画本部長を務めていたジュピターショップチャンネルでも、コミットメント経営を正しく行っていた自負があるが、過去、カルロス・ゴーン改革で、日産がV字回復を遂げている頃に、当時の財務部長だった佐藤明さん(現日本電産副社長)の講演をたまたま聞く機会があった。その時に佐藤さんは「予算で握ってストレッチターゲットを決める」という言葉をきちんと使っていた。

グローバルスタンダードを理解している企業は、きちんと業績を出している。上場企業が出来もしない「予算」を対外に発表して、期末にやっぱり出来ませんでした、というのは茶番に見える。実際、事業計画を作る現場担当者が、上役のプレッシャーが怖くて数字を作りに奔走するなんて話に聞くにつけ、担当者本人がストックオプションや株を大量保有しているわけでもないだろうし、何を考えているのか理解に苦しむところだ。

このコミットメント経営についての誤った理解の問題は、不正をしているか、していないのかの違いであり、日本企業の風土として、いたるところに存在している共通の病理ではないだろうか。

いつまでも成熟しない日本の人材市場

グローバルスタンダード、経営学や組織論は科学である。25年前、MBAを取得した際に、大学のテキストに”just in time”としてトヨタの看板方式が掲載されていた。トヨタがGMと合弁でNUMMIを設立したのが1984年。今は、この工場は希代な経営者として話題のイーロン・マスクが経営する電気自動車のテスラモーターズの自動車生産工場として使われている。私がMBAに入学したのが1990年。アメリカがアジアの成功事例をしっかり研究し、法則化していることと、そのスピードに驚いた記憶がある。その後、アメリカの企業は看板方式を数学とコンピュータを用いて、サプライチェーンマネジメントとして経営と直結させた。

日本で生まれた看板方式をアメリカが完成させたのだ。大阪で税務調査をしている頃に、看板方式を採用した企業が、本当は一週間に一度でいいのに、下請けに毎日トラックを走らせているのを見て、確かにjust in timeだけど、これはただの下請けいじめじゃないか、と感じたことを覚えている。

日本の企業はうわべだけ真似をして、本質を見極めない傾向がある。Googleやamazonを通じて欲しい情報、知識がすぐに手に入る現在、たくさん勉強している若い会社ですら同様の傾向がある。結局、グローバルスタンダードのノウハウは、実務を通じて、骨身に染みるまでチャレンジした人間にしか身につかないし、そしてその点こそが日本企業にマネジメント人材が増えない原因となっている。

日本企業はなぜ、いつまでも変わらないのだろうか。私はその理由の一つには冒頭に語った”外人部隊”の問題、つまり、グローバル人材が国内労働市場に還流しない、その背景にあると考えている。日本企業特有の組織マネジメント・人材育成、企業が変わらないため、いつまでも成熟しない人材市場、人材市場が成熟しないことが遠因となり、勉強の目的を失っている学生たち、つまり、人材の流動性の低さとその原因が最大の問題であると考えている。この件は次記事にて説明していきたい。

高田 稔

PROFILE

高田 稔(たかだ みのる)

20代を税務署調査官として過ごした高田氏は、30歳でアメリカに渡り、MBA、CPA(米国公認会計士資格)を取得する。ニューヨークのアーンストアンドヤング、シカゴのアーサーアンダーセンなどで国際税務、移転価格の専門家として従事、グローバルスタンダードの経営管理を習得、多数の米国日系企業に実践、90年代における日本企業の米国進出を支える。2000年、日本に帰国。その後、ジュピターショップチャンネルにて、 財務経営企画本部長(CFO)として米国流経営マネージメントの実践とインフラ構築で、日本商社と米国企業との合弁企業を成功に導く。現在は、米国に居住、ロサンゼルスで公認会計士事務所を経営し、日本ではスタートアップ、事業開発支援、フランチャイズ管理、グローバル経営管理構築の実行を支援する。